- 2007年11月 2日 11:29
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Shaper新太郎の今あるシェイプ・コンセプトはルーツをたどれば、カリフォルニアから始まっていると言っても過言ではありません。
そして波乗りを知り色んな出会い、巡り会いがあり自分をシェイパーと言うすべてのサーファーの為に存在できる仕事に導いてくれた人々に感謝の意と共に私の分身でもあるSurfboardsを送りたいと思っています。
伊良湖をホームとして波乗りを続け、私はシェイプを始めるに至るのは中部地区の波乗りのパイオニア鈴木氏(カイチョー)との出会いを語らずにはいられません。鈴木氏はすでにサーファーとしての視野を海外に向けるように言われていました。なぜならば、波乗りの原点として存在する世界が在ることを私に提示されていたのです。
上は鈴木氏夫妻、新太郎、ラノーパターソン。食事後のくつろぎの一コマ。カイチョーの異名を取る鈴木氏は東海地区ではサーフィンのパイオニア。彼の一歩引いたサーフィンの世界を見つめる目はいつも鋭く的をはずさない。
そこで、シェイプの道を深く知るために、鈴木氏との出会いの元、カリフォルニアへと向かいました。そこで鈴木氏と古くからの友人、ラノー・パターソンとの出会いがありました。ラノー氏はサーフィン史に名が残るカリフォルニアのレジェンドです。しかし、彼はそんな重々しさを私に感じさせずに、波乗りや自分のシェイピング学を私に惜しげもなく、継承させてくれました。ラノー氏の無欲で大きな心を私は感じ今でも彼に惹かれ、尊敬しています。
もちろん、その時は彼の息子である、ティミーやラノー氏の友人シェパーともシェイピングに対する考えを交え、よりいっそう自分のシェイピングが確立されていくのが感じられました。また、カリフォルニアのダナポイントをベースにサーフィン業界の中心地とも呼ばれるサンクレメンテや、絶好のサーフィン・フォトショット場のソルトクリークなどでサーフィンの幅や交友関係もラノー氏のおかげでどんどんと広げていく事が実現致しました。
右コラム写真のサーフィン・レジェンドのコンテストシーンと共に私に継承させて頂いたと痛感しています。いつかはラノー・パターソン氏に及ばざるとも近い存在感のあるシェイパーを目指し、シェイピィングを私なりに近づけていきたいと思います。
1996年WQSをターゲットにスコット・フィンと日本のコンテストシーンにもトライを始めました。スコットも初めての日本でのコンテストは新たなる刺激にもなりました。やはり日本の力の無い波は手強く、シェイプに関しても新たなる方向でトライアンドエラーを繰り返し、その年のシェイプはより日本でのサーフシーンに合わせた物となりました。
その後1997年には、ShintarowShapeに新たなる、メンバーが賛同してくれました。今でもカリフォルニアでのコミュニケーションのパイプ役のマット・クレメント氏です。彼もダナポイントの老舗インフィニティ・サーフショップのライダーとして活動をしていて、キラーダナー・サーフショップのゲーリー氏の紹介で私との交流が始まりました。彼はより長い時間を日本に滞在し、 WQSのコンテストも他の日本のプロサーファーと同じスタンスをとり挑んでくれました。また時を同じくハワイからもShintarowShapeのメンバーとして参加して、日本に滞在し挑戦してくれました。彼の名はケビン・ヒルットブランドです。彼は日本の私のホームスポット伊良湖に滞在して、WQS伊良湖オープンに5位という結果をたたき出してくれました。彼のあくまでも妥協しないサーフボードのコンセプトと私はたびたび衝突もしましたが、彼のスムーズなサーフィンからはイメージをより可能な形へと近づける事が私には必要となりました。彼のクイックでもありハワイアン・マインドたっぷりのメローなラインとドライブはサーフボードをよりスムーズに走らせる事が必要だったのです。日本の波、しかもホームスポットで結果を出せた事は苦労した事がより一層、形となり私のシェイプ・コンセプトに自信が持てるものとなりました。
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